「妊娠中の高血圧が引き起こす症状について知りたい……」
「妊婦の高血圧を予防するにはどうすれば良いのかな?」
妊娠中の高血圧は「妊娠高血圧症候群」と呼ばれており、元々高血圧の症状がなかった方も高血圧になることがあるため、驚く方もいらっしゃるかもしれません。
今回は妊娠高血圧症候群の症状やなりやすい人の特徴などを紹介します。
記事の後半では妊娠高血圧症候群の予防法についても解説しますよ。
1.妊婦の高血圧とは?
妊婦に起こる高血圧とはどのようなものなのでしょうか。
妊娠時に見られる高血圧やそれに伴うさまざまな症状を「妊娠高血圧症候群」と呼びます。
なお、妊娠高血圧症候群における「高血圧」とは、上の血圧(収縮期血圧)が140mmHg以上、または下の血圧(拡張期血圧)が90mmHg以上の場合を指します[1]。
また上の血圧が160mmHg以上の場合、下の血圧が110mmHg以上の場合などには「重症」に分類されます[1]。
「何が原因で妊娠中に血圧が上がるの?」
このように疑問に思った方もいらっしゃるかもしれませんが、原因についてはさまざまな研究が進められているもののいまだはっきりと分かっていません。
近年では、母体から胎児に酸素や栄養素を供給する胎盤の形成がうまくいかず、胎盤内でさまざまな物質が異常につくられて全身の血管に作用するため、血圧が上昇するのではないかと考えられています。
この病気は妊婦の約20人に1人に起こり、特に妊娠34週未満で発症した場合には重症化しやすいといわれています[2]。
なお、重症化した妊娠高血圧症候群は、母体に脳出血や肝臓・腎臓の機能障害、けいれん発作、常位胎盤早期剥離などを引き起こします。
胎盤が子宮の壁から剥がれると胎児に酸素などを届けることができなくなるため、赤ちゃんの状態が悪くなる「胎児機能不全」や、最悪の場合には胎児の死亡を引き起こしてしまいます。
また発育不全といった問題も生じます。
母子共に危険な状態に陥るので、早期に発見することが重要です。
2.妊娠高血圧症候群の自覚症状
「妊娠高血圧症候群にはどんな症状があるの?」
「最近具合が悪いのは妊娠高血圧症候群が原因なのかな?」
このように気になっている方もいらっしゃるかもしれませんね。
妊娠高血圧症候群では体にさまざまな異常が生じることがありますが、自覚症状といえるものはほとんどありません。
妊婦健康診査で発覚するケースも多いので、適切に健診を受けることを心掛けましょう。
ただし、まれに頭痛や目の前がチカチカする感覚、重度のむくみ、おなかの上部の痛み、吐き気、嘔吐(おうと)、短期間の急激な体重増加といった症状が現れることもあります。
特におなかの上部の痛みに加え、吐き気や嘔吐がある場合には、「HELLP症候群」を発症している可能性も考えられるので注意が必要です。
体調が悪いと感じたときには速やかに医療機関を受診してくださいね。
3.妊娠高血圧症候群の分類と症状
妊娠高血圧症候群は病態に応じて「妊娠高血圧」「妊娠高血圧腎症」「加重型妊娠高血圧腎症」「高血圧合併妊娠」の四つに分類されます。
ここでは、妊娠高血圧症候群の分類とそれぞれの症状についてお伝えしましょう。
3-1.妊娠高血圧
妊娠高血圧は、妊娠20週以降に初めて高血圧の状態になり、産後12週までに正常血圧に戻るものを指します[3]。
また、後述する妊娠高血圧腎症に当てはまらないことも診断の条件です。
通常、高血圧には自覚症状がほとんどなく、これは妊娠高血圧症候群の場合であっても同じです。
しかし妊娠高血圧は母体や胎児の健康に害を及ぼす可能性があるため妊婦健診を適切に受け、早めに発見することが必要だといえます。
3-2.妊娠高血圧腎症
妊娠高血圧腎症は、妊娠20週以降に初めて見られた高血圧に「たんぱく尿」を伴い、産後12週までに正常な状態に戻るものです[4]。
また、たんぱく尿が見られなくとも、以下のいずれかの症状があり、産後12週までに正常に回復する場合にも妊娠高血圧腎症に該当します[4]。
【妊娠高血圧腎症の診断条件】
- 基礎疾患がないにもかかわらず肝機能障害が見られる
- 治療しても効果がなく、他の原因が不明である重度の痛みが心窩部(しんかぶ)というみぞおちの辺りまたは右季肋部(みぎきろくぶ)という横隔膜の高さの肋骨周辺にあり、続いている
- 他の腎臓の病気は見られないにもかかわらず腎障害が進行している
- 脳卒中、神経障害などが見られる
- 子宮胎盤機能不全が見られる
あまり見聞きすることのない単語が多く混乱してしまった方もいらっしゃるかもしれませんね。
肝機能障害とは、その名のとおり肝臓の機能が障害を受けている状態のことです。
肝臓は食べ物に含まれている栄養素から体に必要な物質をつくるはたらきや、エネルギー源となる物質をためておくはたらき、アルコールや薬物などを分解して体外に排出するはたらきを担っています。
腎障害は腎機能が低下した状態のことで、尿を通じて正常に老廃物を排せつしたり、体内の水分や塩分の量などを調節したりすることができなくなってしまいます。
脳卒中は脳の血管が詰まったり破れたりする病気の総称で、脳の血管が詰まるものを脳梗塞、破れて出血を起こすものを脳出血といいます。
また妊娠高血圧腎症における神経障害では、目のかすみ、精神状態の変化、鎮痛薬でも改善しない重度の頭痛などの症状が生じます。
「子癇(しかん)」もこの神経障害の一つです。
子癇のなかには脳出血を伴う場合もあり、けいれんが治まらない場合や胎児の状態が悪化しているときにはできるだけ早く胎児をおなかから出すことが必要であるとされています。
子宮胎盤機能不全では胎盤の剥離や早産が起こりやすくなり、胎児の発育不全や死産などを引き起こす危険性がある状態です。
妊娠高血圧腎症では手や指、首、足などにむくみが生じる場合があるので、むくみが気になった場合には早めに主治医に相談すると安心かもしれませんね。
3-3.加重型妊娠高血圧腎症
妊娠前あるいは妊娠20週までに高血圧が現れた場合には、加重型妊娠高血圧腎症である可能性があります。
加重型妊娠高血圧腎症は、以下のいずれかの場合に該当します。
【加重型妊娠高血圧腎症の診断条件】
- 妊娠前から妊娠20週までの間に高血圧が見られ、妊娠20週以降にたんぱく尿、もしくは基礎疾患に由来しない肝腎機能障害・脳卒中・神経障害・血液凝固障害のいずれかを伴う場合[6]
- 妊娠前から妊娠20週までの間に高血圧とたんぱく尿が見られ、妊娠20週以降にどちらかまたは両方の症状が悪化した場合[6]
- 妊娠前から妊娠20週までの間にたんぱく尿のみを示す腎疾患が見られ、妊娠20週以降に高血圧が生じた場合[6]
- 妊娠前から妊娠20週までの間に高血圧が見られ、妊娠20週以降に子宮胎盤機能不全を伴う場合[6]
少しややこしく感じられるかもしれませんが、症状が出る時期が妊娠高血圧腎症との主な違いだといえますね。
3-4.高血圧合併妊娠
高血圧合併妊娠は、妊娠前から妊娠20週までの間に高血圧が見られ、加重型妊娠高血圧腎症を発症していない状態を指します[7]。
高血圧合併妊娠では正常血圧の妊娠に比べ、早産や胎児の発育の遅れ、常位胎盤早期剥離、帝王切開率の増加などが報告されています[8]。
普段からご自身の血圧を把握しコントロールに努めておくことが重要だといえるでしょう。
4.妊娠高血圧症候群になりやすい人の特徴
「どんな方が妊娠高血圧症候群になりやすいんだろう……」
このように気になっている方もいらっしゃるかもしれませんね。
母子の健康を大きく損なう可能性のある妊娠高血圧症候群ですが、いまだ原因ははっきりと分かっていません。
しかし妊娠高血圧症候群になりやすいといわれる特徴は分かっているので、予防や早期発見のために把握しておきましょう。
以下のような方は、妊娠高血圧症候群になりやすい傾向にあるといわれています。
ご自身に当てはまるものがないか確認しておき、該当する場合には十分に注意しておきましょう。
年齢が40歳以上の方は30代までの方に比べ1.7倍妊娠高血圧症候群になりやすいことが分かっています[9]。
また妊娠前からBMIが25以上で肥満に該当していた場合、正常体重の方に比べ妊娠高血圧症候群のリスクは約2倍、BMIが30以上の場合には約3倍まで高まります[9]。
特にリスクが高いとされているのが、妊娠前からの持病がある場合です。
健康な方に比べ、妊娠高血圧症候群になるリスクは高血圧の方で11倍、腎臓の病気の方で7倍、糖尿病の方で3倍に高まることが分かっています[9]。
また全身性エリテマトーデスの場合はリスクが7倍、抗リン脂質抗体症候群の場合には10倍におよびます[9]。
遺伝的な因子も関係があるとみられ、母親や姉妹などの血縁者が妊娠高血圧腎症になったことがある場合はそうでない場合に比べ約3倍妊娠高血圧症候群になりやすいとされています[9]。
血縁者に高血圧または糖尿病の方がいる場合のリスクは約2倍です[9]。
さらに今回が初めての妊娠である方も注意が必要です。
初めての妊娠では、出産したことのある方に比べて約3倍妊娠高血圧症候群になりやすいことが分かっています[9]。
これまで健康だったからといって、妊娠高血圧症候群にならないとは限らないのですね。
また双子を妊娠した場合には一人を妊娠した場合と比較して約2倍、前回の妊娠から5年以上空いて妊娠した場合には間隔が2年未満の妊婦に比べて約2倍、妊娠高血圧症候群になりやすいとされています[9]。
過去に初めての妊娠で妊娠高血圧症候群を発症していた場合も、発症リスクは2倍に高まります[9]。
このような特徴があるからといって必ずしも妊娠高血圧症候群を発症するわけではありませんが、ご自身にリスクの高い要素があるか確認することで日常的に血圧や症状に注意することができ、病気の早期発見につながると考えられるでしょう。
[10] 厚生労働省 e-ヘルスネット「BMI」
5.妊娠高血圧症候群を予防するためのポイント
「妊娠高血圧症候群を予防するにはどうすれば良いのかな?」
妊娠高血圧症候群の原因はいまだに明かされていませんが、生活習慣に注意することである程度予防が可能であると考えられています。
ここからは妊娠高血圧症候群の発症リスクを上げないために気を付けたいポイントをお伝えします。
ポイント1 適切に体重管理を行う
まずは、適切な体重管理を心掛けましょう。
肥満は妊娠高血圧症候群を発症するリスクを約2倍に高め、BMIが30を超えていた場合にはそのリスクは約3倍になります[11]。
肥満者が高血圧になるリスクは体重が正常な方の約2〜3倍であるともいわれ、高血圧を引き起こす原因にもなりかねません[12]。
さらに急激な体重の増加は妊娠糖尿病などの他の病気を引き起こす可能性も高めます。
急な増量が見られた場合は主治医に相談し、食事内容などに気を付けましょう。
ポイント2 塩分を摂り過ぎない
塩分の摂り過ぎを避けることは高血圧予防の重要な観点であり、妊娠高血圧症候群の予防にも有効だと考えられます。
高血圧が見られる方は妊娠高血圧症候群になるリスクがそうでない方の約11倍に上ることが分かっています[13]。
一般的に血圧は年を取るにつれて高くなる傾向にあり、特に女性は女性ホルモンの「エストロゲン」の分泌量が低下する閉経後に血圧が上がりやすくなるといわれています。
しかし高血圧患者は日本人に約4,000万人もいるといわれ[14]、若いからといって安心はしていられないといえるでしょう。
日本人の高血圧の最大の原因とされているのが食塩(塩化ナトリウム)の主成分の一つであるナトリウムの摂り過ぎです。
摂り過ぎによってナトリウムの血中濃度が上昇すると、体は血液の浸透圧を一定に保つため、血液中の水分を増やします。
これにより血液量が増えるため、血液が血管を押す力が高くなり、血圧の上昇を招くのだと考えられています。
高血圧の予防・改善のためには、食塩摂取量を1日当たり6.0g未満にすることが望ましいとされています[15]。
しかし厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査」によると、妊婦の1日当たりの食塩摂取量の平均値は7.6gとなっており、20歳以上の女性の平均摂取量である9.3gよりは少ないものの、塩分を摂り過ぎている傾向にあるといえます[16]。
血圧の上昇を招かないために、塩分を摂り過ぎないよう気を付けましょう。
[14] 厚生労働省 e-ヘルスネット「高血圧」
ポイント3 休養を十分にとる
妊娠中は無理をせず、休養を十分にとるよう心掛けましょう。
よく眠ることも重要です。
ストレスを感じると血圧は上昇しやすくなるといわれています。
これはストレスを感じると分泌されるホルモンには「交感神経」を刺激し、血管を収縮させる作用があり、血圧の上昇を招くためです。
交感神経には血圧を上昇させる作用があり、ストレスを受けて交感神経が優位になると血圧が上がってしまうのです。
また血圧は姿勢によっても変わり、横になることで子宮への血流が良くなり、血圧が下がるといわれています。
仕事をしている方は難しいかもしれませんが、できるだけ横になって休む時間をつくると良いでしょう。
ポイント4 適度に運動する
適度に運動することも妊娠高血圧症候群の予防に効果的だと考えられます。
運動は原則として妊娠12週を超えてから始めるのが良いでしょう[17]。
全身を動かす有酸素運動で、楽しく続けられるものがお勧めです。
ただし、これまでに早産や繰り返しの流産の経験がある方や、現在の妊娠に異常が認められる方、胎児の発育に問題がある方、二人以上の胎児を妊娠している方などは自己判断で運動を行わないようにしてください。
不安のある方は主治医に確認してから運動を始めるようにしてくださいね。
運動を行う場合、あまり激しい動きは避け、「ややきつい」と感じるよりも緩やかな運動にとどめましょう。
また競技性の高い運動や腹部を圧迫する運動、転倒の危険がある運動は行わないようにしましょう。
特に妊娠16週以降は、あおむけになる運動は避けるようにしてください[17]。
体調には十分に注意し、無理をしないように心掛け、運動後に何か異常を感じることや気になることがあれば、必ず医師に相談するようにしてくださいね。
妊娠中の運動には健康維持や体力向上に加え、気分転換になるというメリットもあります。
運動を通じてできた仲間との交流があれば、産後うつの予防にもつながるでしょう。
6.妊婦健診を適切に受診しましょう
妊婦健診とは妊婦と胎児の健康状態を確認する健診のことで、妊娠週数によって健診の間隔が短くなり、内容も変わります。
妊婦の血圧や体重、尿検査、血液検査、超音波検査などと母子の健康状態を基に主治医が判断し健診を行うため内容はさまざまです。
妊娠高血圧症候群は自覚症状がほとんどないため、妊婦健診で発覚するケースが多く見られます。
妊娠高血圧症候群を早期発見するためにも定期的に妊婦健診を受けるようにしましょう。
なお、妊婦検診では医師や助産師などの専門家からアドバイスを受けることができます。
妊娠期間中に不安なことは一人で悩まず専門家に相談してくださいね。
7.妊婦の高血圧に関するまとめ
妊婦に高血圧が見られる場合、妊娠高血圧症候群を発症している恐れがあります。
妊娠高血圧症候群は初期にははっきりとした自覚症状はありませんが、重症化すると妊婦や胎児の命を脅かすこともある病気です。
40歳以上の場合や肥満がある場合、妊娠前から高血圧や腎臓病、糖尿病、自己免疫疾患などの病気がある場合、血縁者に妊娠高血圧症候群を発症した女性がいる場合などは発症しやすいことが分かっています。
過去に妊娠高血圧症候群を発症したことのある方や初産の方、前回の妊娠から時間が空いている方、多胎妊娠をしている方なども要注意です。
ご自身に妊娠高血圧症候群になりやすい要素がないか確認しておくと良いでしょう。
妊娠高血圧症候群の予防のためには、適切な体重管理を行うことと塩分を控えること、休養を十分にとること、適度に運動を行うことなどが有効だと考えられています。
また重症化してしまう前に適切な治療を受けることが重要なので、妊婦健診を欠かさず受けるようにしてくださいね。